『宇治拾遺物語』という鎌倉時代の説話集がある。タイトルは、「宇治大納言物語(という立派な説話集)から洩れた物語を拾い集めたもの」という意味で、その名の通りくだらない話(無意味な下ネタ等)が多い。
 その中の第197話が結構身につまされる話だったので、ちょっとここに書いておく。

 昔、孔子(あの有名な孔子)が、盗跖(とうせき)の館を訪ねた。盗跖は大悪党で、配下3000人を率いて殺人、放火、略奪、誘拐を繰り返していたため、これを止めさせに来たのだ。
 応対した盗跖に対し、孔子は”天地間の理”を説くが、逆に論破されてしまう。曰く、孔子の理論は現実と全然リンクしておらず、現に、孔子が理想とする人や、孔子の弟子たちは、現実世界でことごとく敗北しているじゃないか、と言うのである。

「だからはっきりしたじゃないですか。孔子さんの言うとおりにした人はみんな現実で負けてるんですよ。っていうか、俺と孔子さんで考えてもそうじゃないですか。こんなこと言ってアレですけど、俺、すっげぇ、いい生活してますよ。でも、大聖人の孔子さんはどうなんですか。あちこちに政敵はいるし、権力と良好な関係、と言えば聞こえはいいけど、まあ、はっきり言って媚びて、なのに思ったようなポジションに就けず、つか、2回も失脚して、再就職先でもそんな感じだったじゃないですか。違いますう」
 言われて孔子は黙して答えることができなかった。
 「なんかバカ過ぎて殺すのも面倒くさくなってきたんで、すみません、帰ってもらえます?交通費、出すんで。あ、そうだ、あの、太麺の件、どうなってる?」
 そう言って、盗跖は孔子を見ず、また、挨拶もしないで席を立ち、孔子は屈辱に震えた。
池澤夏樹=個人編集『日本文学全集 08』「宇治拾遺物語」〔町田康訳〕〔河出書房新社、2015年〕386頁)

 
 テーマはいくつか読み取れるが、重要なのは、いくら徳の高い人生を送ったりしたところで、悪人とみなす人から「いやだって俺の方が出世してるし、金持ちだし、お前の嫁さんブスだし」と言われたら「屈辱に震え」るハメになりかねないということだろう。
 これに対抗するには、①物質的な成功もバカにせず、ある程度手に入れることか、②現実にリンクした理論と、それに基づく精神力を手に入れること、が必要なのだろう。

 *これ書いてて気付いたけど、主人公と敵役をひっくり返すと、まんま『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のテーマになるよね。