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 友達のいない生活を送っていると、思考がよからぬ方向にぶっ飛んでいくので、バランスを取るために、孤独であたまのおかしい青年の物語を観たり読んだりすることを心がけている。

 今日は、中上健次『19歳の地図』を読んだ。タイトルから分かるように尾崎豊の『17歳の地図』の元ネタらしい。

 浪人生の「ぼく」は新聞配達をしているが、その途中で気に食わないことがあった家があると、その場所を地図にしるしを付けていき、しるしが3つ溜まると脅迫まがいの悪戯電話をかけまくるというストーリー。

 正直あらすじを見るだけでうんざりするのだが、学生運動などの時代背景も今では妥当しないため、かなり陳腐に感じた。

 ただ孤独の表現が卓抜というかすごいなと思ったので引用しておく。 

 絶望だ、ぜつぼうだ、希望など、この生活の中にはひとかけらもない

 このぼくに自分だけのにおいのしみこんだ草の葉や茎や藁屑の巣のようなものはない。ない、ない、なんにもない。金もないし、立派な精神もない、あるのはたったひとつぬめぬめした精液を放出するこの性器だけだ。

 (近所の夫婦がよくやるケンカを思い浮かべて)
  もしぼくが子供のときこのような争いがあり、母親がすすり泣きをはじめたとしたら、きっと不安でたまらずなにもかもめちゃくちゃに破壊してやりたいという 衝動にとらわれ、うずいただろうが、19歳の大人の体をもつぼくは、それを煽情的なものと思って、きまって自涜し、放出した精液で下着をべたべたにした。 ぼくの快楽の時。ぼくは、電話をかけて女を脅迫し、顔にストッキングで覆面をして女を犯した。ぼくは一度引き抜き、生活につかれて黒ずみ、荒れはてた女の 性器を指でひろげて一部始終くわしく点検し、また女を乱暴におかす。悲鳴をあげようと救けてくれと言おうと、情容赦などいらない。けだもの。人非人。そう だ、ぼくは人非人だ、何人この手で女を犯しただろうか、なん人この手で子供の柔らかい鳩のような骨の首をしめ殺したろうか。

 

[追記] 孤独な青年が社会に恨みを抱いて暴発する話は多い。それらは、主人公が何かしらの「武器」を手に入れることで物語が転がっていくことになる。『タクシードライバー』なら拳銃、『檸檬』なら爆弾(に見立てたレモン)、『ザ・ワールド・イズ・マイン』なら爆弾とモン。本作の「武器」は何かを考えると、それは公衆電話という匿名の装置だろう。