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 サマセット・モーム『月と6ペンス』を読んでいる。


 非常に素敵なタイトルだが、「月」は理想、「6ペンス」は現実のことを意味している。内容は、その名の通り、現実を犠牲にして理想に生きる男の話だ。

 主人公の1人、ストリックランドは株式仲買人で高給取りだが、40代半ばにして、突然仕事と家族を捨てて、画家の道を歩むことになる。

 もう1人の主人公「私」は、ストリックランド夫人から夫を連れ戻すように頼まれ、そこからストリックランドと交流を持つことになる。
 「私」は、40代半ばにして安定した仕事と家族を捨てて夢に生きるストリックランドのことがどうしても理解できない。さらに、自分の絵に対する他人の評価などどうでもいいと言い切る彼に対して以下のように思う。

 

 この無頓着さこそ、ストリックランドを理解できない最大の原因だった。他人のことなど気にしないといくらうそぶいても、たいていの人間は本心からそう思ってはいない。彼らが好き勝手に振る舞うのは、自分の奇行はだれにも知られていないと安心しているからだ。また多数派に背を向けるのは仲間に支持されているからにすぎない。どれだけ世間の型からはずれても、内輪の型にはまっていれば安心できるし、そのぶん大きな自尊心を得られる。危険を冒すことなく、自分は勇敢なのだと自己満足に浸ることができる。だが、世間に認められたいという欲望は、おそらく、文明人にもっとも深く根ざした本能だ。・・・・・・人の意見などどうでもいいと公言する人間を、わたしは信用しない。それは、無知ゆえの強がりだ。彼らが世間の非難を恐れないのは、自分の欠点を隠しおおせていると思いこんでいるからにすぎない。

 

 良心とは個人の内部に置かれた法の番人だ。法の発達によって社会はうまく回ってきた。良心とは心の警察で、人が法を破らないよう目を光らせている。つまり、自我という要塞に送りこんだスパイなのだ。世間に受け入れられたいという欲望と、世間の批判に対する恐怖は非常に強い。だから人間は、みずからスパイの侵入を許してきた。スパイは人々を見張り続ける。主である社会のために、ともすれば群れから離れたがる人間の願望を目ざとくみつけて打ち砕く。社会の利益を第一に考えるよう、人間を矯正するのだ。良心とは、個を全体に結びつける太い鎖だ。そして人間は、社会の利益を生み出す道具だ。個人は全体に仕えるのだと、自分で自分にいいきかせ、主人である社会の奴隷となる。人間は、社会を王座に座らせる。あたかも自分の肩を打つ王笏にこびへつらう延臣のように、人は自分に良心があることを誇る。そして、社会の支配を無視する人間を激しく非難する。


 人は人生を好きなことに捧げたいと願っても、多くは社会の敷いたレールに乗ってしまう。その仕組みを看破する上記の文のインパクトは強烈だ。
 問題は上記のような「欲望」「恐怖」から完全に自由なように見えるストリックランドがどうなるかだが、それは続きを読んでから書く。