読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

 金ローで宮崎駿もののけ姫』を観た。

 

1. 前半のテーマ

 この作品、前半のテーマは非常に分かりやすい。それは人間対自然である。

 すなわち、エボシ御前は自然を破壊してたたら場を拡張していく。しかしそれは私利私欲のためではなく、ハンセン病をはじめとする障害者の世話をしたり、売られている娘たちを救うためである。

甲六「エボシさまときたら売られた娘を見るとみんなひきとっちまうんだ。そのくせ掟も祟りもヘッチャラな怖い人だよ」

ハンセン病患者の長老「お若いかた、わたしも呪われた身ゆえ。あなたの怒りや悲しみはよくわかる。わかるが、どうかその人を殺さないでおくれ。その人は わしらを人として扱ってくださったたったひとりの人だ。わしらの病をおそれずわしの腐った肉を洗い布をまいてくれた」

 他方、エボシ御前の行動により、森は破壊され、旧来からの山の神は行き場を失い、殺されていく。

猩猩木植えた木植え、…木植えた。みんな人間抜く。森戻らない人間殺したい

乙事主「モロ、わしの一族を見ろ!みんな小さくバカになりつつある。このままではわしらはただの肉として人間に狩られるようになるだろう・・・」
モロ「気に入らぬ一度にケリをつけようなどと人間どもの思うつほだ!」
乙事主「山犬の力をかりよいとは思わぬ。たとえ・・・わが一族ことごとくほろぶとも人間に思いしらせてやる!」

 主人公アシタカは、人間側、自然側、両者の気持ち・苦悩が分かるからこそ、悩み、共存の道を探ろうとする。

 

2. 後半のテーマ

 しかし、ジコ坊主導の下、シシ神の首取りがはじまると上記テーマは一旦よそに置かれる。

 代わってはじまるのは人間のはてなき欲望(現代で言えば拝金主義・消費主義)に対する批判だ。

 すなわち、ジコ坊は天皇から遣わされた者だが、彼がシシ神の首を狙うのは、それによって永遠の命が得られるからだ。こうしたジコ坊および背後にいる天皇の私利私欲により、何人もの人と神が死に、たたら場は滅ぶ。

ジコ坊「金も時間もじゅうぶんにつぎこんだ石火矢衆四十名をかしあたえたのは鉄をつくるためではないぞ…とまあ師匠連は言うだろうなあ」
エボシ「まさかそなたまでシシ神の生首に不死不老の力があると思ってはいまいな」
ジコ坊「やんごとなき方々の考えはワシにはわからん」

ジコ坊「天地の間にあるすべてのものを欲するは人の業というものだ・・・」

 ここには明確に、人間のはてなき欲望に対する批判がある。そしてこうした欲望はシシ神により粉砕されることになる。

 

3. 終盤のテーマ

 シシ神が首を取り戻したのち、再び「人間対自然」という前半のテーマが帰ってくる。それはサン(自然を代表)とアシタカ(人間を代表)の愛の行方という形で語られ、2人は結婚はしないが、共存するという道を選ぶ。

サン「アシタカは好きだ。でも人間をゆるすことはできない」
アシタカ「それでもいい。サンは森でわたしはタタラ場で暮らそう。共に生きよう。会いにいくよ。ヤックルに乗って」

 ここには、究極的には自然と人間は分かり合えない*1が、共存はできる(すべきだ)という考え方がある。

 

4. 「生きろ」について

 本作には、これまで述べてきた「人間対自然」「はてなき欲望に対する批判」という2つのテーマのほかに、もう1つテーマがある。

 それはキャッチコピーである「生きろ」ということだ。

 本作の登場人物はみなつらい人生を送っている。①アシタカは冒頭の祟り神の呪いで早晩苦しんで死ぬ運命にあった。②サンは親から捨てられ、人間にもなれず山犬にもなれない中途半端な存在として双方から憎まれ続ける。③作中登場する女はみな体を売って生活してきた女である(それはエボシ”御前”も例外ではない)。④ハンセン病患者・障害者はその病気ゆえに生きるのに困難を抱えている。

ジコ坊「そこらを見なさい。この前来たときはここにもそれなりの村があったのだが洪水か地すべりか・・・さぞたくさん死んだろうに。戦、行き倒れ、病に、飢え。人界は恨みをのんで死んだ亡者でひしめいとる。タタリというならこの世はタタリそのもの」

 しかし本作には、それでも、人生がいくらつらくても、生きなければならないというメッセージが詰め込まれている。

ハンセン病患者の長老「生きることはまことに苦しくつらい・・・世を呪い人を呪いそれでも生きたい・・・」

アシタカ「生きろ・・・」
サン「まだ言うか!人間の指図はうけぬ!」
アシタカ「そなたは美しい・・・」

アシタカ「シシ神は傷はいやしてもアザは消してくれなかった。呪いがわが身をくいつくすまで苦しみ生きろと・・・」

サン「もう終わりだ。なにもかも。森は死んだ・・・」
アシタカ「まだ終わらない。わたしたちが生きているのだから」

甲六「もうだめだ!タタラ場が燃えちまったらなにもかもおしまいだ」
トキ「生きてりゃなんとかなる!」

サン「よみがえってもここはもうシシ神の森じゃない!シシ神さまは死んでしまった」
アシタカ「シシ神さまは死にはしないよ。生命そのものだから・・・生と死とふたつとも持っているもの・・・わたしに生きろといってくれた」

  これは、つらい人生の中でニヒリズムデカダンスに陥りがちの私たち(ではなく子供たちかもしれないが)に対する、叱咤激励であり、エールである。

*1:ちなみにポニョではここの考え方がやや変わってくる。